札幌高等裁判所 昭和39年(ラ)36号 決定 1965年1月25日
抗告人 今井鉱山株式会社 外一〇名
主文
原決定を取り消す。
本件を札幌地方裁判所小樽支部に差し戻す。
理由
本件抗告の趣旨は「原決定を取り消し、更生手続開始決定をする。」との裁判を求めるにあり、その理由の要旨は、別紙「抗告の理由」記載のとおりである。
案ずるに、本件更生手続は、昭和三八年六月一〇日今井鉱山株式会社(以下単に更生会社という。)自身により申立がなされ、調査委員公認会計士岡田一次の調査報告(更生手続開始を適当とする旨の意見を含む。)を経て、昭和三九年二月一八日開始決定があり、弁護士岩沢誠を管財人として、更生債権の届出、財産評価、更生計画案の立案等の段階に入つたが、昭和三九年七月一日に至つて、更生計画案提出期限を同月二〇日とする旨決定があり、同月二四日「裁判所の定めた期間内に更生計画案の提出がない」という理由で、手続廃止の決定がなされたものである。そして、右提出期間内に計画案の提出がなかつたことは記録上明らかである。
しかしながら、右提出期限を告知せられた一部更生債権者らが「更生計画案提出期間延長の申立」をしたこと、右廃止決定は、右延長の申立を却下した上でなされたものであることも記録上認められるのであつて、この事実と右期間が僅々二〇日間に過ぎなかつたこととを考え合せると、本手続の廃止に踏み切つた原裁判所の判断は、いささか早計であつたとの感あるを禁じえない。けだし、管財人は、計画案提出の義務があり、これを作成しないときは、その旨の報告書を裁判所に提出すべきものであつて(会社更生法第一八九条)、本件においては昭和三九年七月一八日付受付にかかる「辞任につき報告の件」と題する書面がこれにあたると認められるが、その記載によれば、本件管財人は、更生会社の系列親会社にあたる日本鋼管株式会社を背景とし、その将来の援助を期待して管財人に就任したものであつて、管財人自身の義務である更生計画案の作成についても、全面的に日本鋼管に依存するほかなかつたこと、然るに、事は所期に反して、日本鋼管は更生資金の援助をしないことになつたため、管財人としては計画の立案推進について何らの希望も持てなくなり、その時までの一日しのぎの運営も不可能になつた結果、右報告書の提出に至つたとの経緯顛末を認めることができる。その窮状は察するに余りありといわなければならない。しかし、法は、更生計画案の作成提出を、管財人に対して義務づけると共に、更生会社および届出をした更生債権者その他の者にも、その権利として認めている(法第一九〇条)のであるから、「更生計画案の提出なし」との理由で、折角、一旦開始した更生手続を廃絶に帰せしめる前に、彼らにも十分の機会を与えるのが相当である。会社更生法第一九〇条第一項にいわゆる「裁判所の定める期間」は、必ずしも同法第一八九条第一項にいわゆる「裁判所の定める期間」と同じである必要はないのである。
本件においては、それが、管財人に対しても、会社更生債権者らに対しても、同様に、「昭和三九年七月二〇日まで」と定められたのであるが、原審における更生会社代表者今井清一、当審における抗告人尾鷲政喜の各審訊の結果によれば、更生債権者らは、日本鋼管が手を引いてしまうまでは、管財人同様日本鋼管の助力を空頼みていたので積極的に動かなかつたが、日本鋼管頼むに足らずと知るや、別途融資者をさがし、負債と無関係の第二会社を設立して、採鉱の現業に携わらせ、更生会社は租鉱料、賃貸料等によつて負債を弁済してゆくという基本方針の下における更生計画試案の樹立に努めたことが認められる。もとより、この試案から更にどれほど精密な更生計画案が産み出されるか、また、その計画が所期のとおりの実を結ぶか否かは、未知数である。しかし、日本鋼管以外に頼る術のなかつた管財人の立場と本件抗告人らに代表せられる更生債権者らの立場とは自ら異なるものがあつたことは明らかなのであるから、両者をひとしなみに同じ提出期間の定めを以て律した原裁判所の処置には、疑問なきを得ないのである。
してみれば、更生債権者らの期間伸長申立を却下してなされた本件原決定は、結局抗告人らの利益を侵害し、相当でないというべきである。よつて、会社更生法第八条、民事訴訟法第四一四条、第三八六条、第三八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 伊藤淳吉 臼居直道 倉田卓次)
別紙 抗告の理由
抗告人 今井鉱山株式会社
抗告代理人宮沢純雄の抗告の理由
一、右会社に対する更生事件について、原裁判所は昭和三九年七月二四日付で更生手続廃止の決定をしたが、その理由は裁判所の定めた期間内に更生計画案の提出がなかつたというのである。右更生計画案提出期間は昭和三九年七月一日付で同月二〇日までと定められた。
更生計画案の作成義務者は管財人であるが(会社更生法第一八九条)、会社、届出をした更生債権者、更生担保権者及び株主も計画案を作成して提出することができるのである(同法第一九〇条)。このように法は更生計画案については、ひろく関係者に作成提出の機会を与えているのであるが、この作成提出のためには検討、準備のため相当の期間を要することは当然である。管財人は業務の運営に直接関与しているが、他の提出権者にはその機会はないのが普通であるから、これらの者が更生計画案を作成するためには会社の実情を調査し各関係者とも連絡をとつて綿密に準備しなければならないのであつて、そのためには相当期間を必要とするのである。
本件においては会社も更生計画案作成の意図はあつたが、管財人が日本鋼管株式会社が起案中であるから、これを待つて管財人案を作成すると告げられたので差控えていたものであるが、七月一日に僅か二〇日間の提出期間が定められたので、この短期間内には計画案作成は到底不能であつた。
このことは他の提出権者についても同様であり、この短期間内に急拠計画案作成は全く不可能であつたのである。
右次第で二〇日間という提出期間は実情を全く無視した不当な短期間であり、この短期間内に提出がなかつた故を以て更生手続廃止を決定したのは不当を免れないのでこの点において原決定は取消さるべきである。
二、管財人が昭和三九年七月一七日原裁判所に提出した報告書は、辞任に至るまでの経緯を報告したもので、これによれば管財人は七月一七日前に辞任の申出をしていたことは明かであり、管財人としては更生計画案の作成は不能の旨を報告しているのである。
管財人が更生計画案を作成提出が不能であれば、他の提出権者にその間の事情を充分調査し、これらの者に提出の機会を与える必要は増加するといわなければならない。
ところで債権者中の株式会社丸尾商会外四名は七月一七日、一八日の再度に亘り更生計画案提出期間伸長の申請をした。これは管財人辞任の情勢を知り管財人からの計画案提出は期待できない状態となつたので、その間の実情を調査し、他の提出権者が更生計画案作成を検討しなければならないことになつたが、七月二〇日までの期間では絶体不可能なので、右提出期間の伸長を申請したのである。
管財人が辞意を表明し更生計画案提出不能の意思が明かとなれば、これに対して他の提出権者に充分検討の期間を与えるべきは当然である。しかるに原裁判所は七月二〇日この意図に基く提出期間伸長の申請を却下し、更生手続廃止決定をしたのは、他の提出権者に対し甚しい不利な措置であり、かゝる不当な決定は取消さるべきである。
三、原裁判所は管財人が辞意を表明し更生計画案の作成提出が不能の旨を報告したので、更生手続の続行は見込がないものと判断したものと推察される。
しかし右管財人によつては更生計画案提出ができなくとも、この事態を他の提出権者に充分検討する期間を与え、果して何人も更生計画案の作成提出ができないか否を確めるよう努めるのが会社更生法の精神に則した裁判所の責務と思料する。
原裁判所が短期間の提出期間を定め、この伸長をも認めず急いで更生手続廃止決定をしたのはこの精神に反する欠陥を免れないので、原決定を取り消し、改めて更生計画案提出の相当期間を定め、各関係者に提出の機会を与えられることを期待する。
抗告人 株式会社丸尾商会 外九名
抗告人ら代理人舛谷富勝の抗告の理由
一、抗告人等は孰れも右更生手続による更生債権者表に記載された債権者であつて、株式会社丸尾商会は進行番号(以下単に第何番という)第三番、第一三〇番、河村薬品株式会社は第八七番、北海道三礦石炭株式会社は第九八番、宍戸宗一は第一〇二番、株式会社角一商会は第一二一番、第一二二番、株式会社江差製作所は第一四一番、三浦健男は第一五五番、株式会社栄順洋行は第一五九番、阿部貞男は第一六三番、三興工業株式会社は第一七四番、の各債権者である。
二、而して本件更生手続は、第一回の関係人集会を昭和三九年四月一〇日、同続会を同年五月一三日に開催し債権確定手続を了したものであるところ、更生計画案立案の中心である更生管財人(以下単に管財人という)に於て、突如同年六月二四日(辞任報告は七月一七日付)更生裁判所に対し辞任の申出をなしたが、更生裁判所は右管財人の辞任の意思表示に対し何等の措置を講ずることなく、同年七月一日付決定を以て、管財人、債権者、株主等に対して更生計画案を提出すべき期間を同月二〇日までとする旨の通知を発し、右期間内に更生計画案の提出なき故を以て、同月二五日北海道新聞紙上に、更に同月三一日官報に夫々更生手続を廃止する旨の公告をなして該手続を終結せしめた。
三、然しながら、右第一回の関係人集会から更生手続廃止にいたる迄の手続上に於て違法の点はないとしても、債権者等の利益を害し、次の如き理由により廃止の決定は不当である。
(1) 右述の如く、更生計画案提出期間を定むる決定前、既に更生管財人が辞意を表明しているのであるから、更生裁判所に於ては之を受理するか否を決定し、受理するとせば、速かに後任管財人の選任等のための手続をなし、又受理せざるものとせば、その旨管財人に通達して、管財業務遂行の督励をなすべきであるに拘らず、斯る措置に出でず、却つて辞意表明後週日を出でざる七月一日付を以て更生計画案を提出すべき期間を定める決定をなしたのは、債権者等の利益、不利益を頗りみず管財人からの更生計画案の提出がないことを見越し、廃止を前提として措置であるとの非難を免れない。
(2) 右更生計画案を作成提出すべき旨の決定で定めた期間は僅か二〇日間に過ぎず短きに失し不当である。
更生裁判所が調査を命じた岡田調査員の実調査期間(命令から報告まで)は八九日間であることは記録上明かであるが、之に反し負債総額約一億六千万円、更生担保権者四名、株主三四名、優先権主張の債権者七四名、一般債権者一〇八名、計三二〇名の債権者に対し一応の納得を得られる計画案の作成期間がその三、四倍を要しても長過ぎるということはない。況んや管財人の職業、地位、更生会社の経営の実態、事業所の遠隔地なる点等諸般の点を考慮せば尚更である。
而も一部債権者等に於て、管財人が辞意を表明した旨を聞知し、更生計画案作成の中心となるべき管財人が、計画案作成の意思を放棄することを虞れ、同年七月一七日、同月一八日付を以て提出期間伸長の申立をなしたのに対し、申立人等の意向を聞くこともなく(岡田調査員の場合は伸長申請を許可しており均衡を失する)その理由なしとして却下し、管財人に対し、右期間内に計画案不提出の理由書(辞任報告書は七月一七日付で提出されている)すら徴していない等首肯できない面が多々存する。
(3) 更生会社及び大多数の債権者は、管財人を推せんした系列親会社で且大債権者の日本鋼管株式会社が、管財人と密接な連絡の下に、会社更生に尽力することを誓約していたから、管財人に於て更生計画案を作成提出することを期待し、独自の更生計画案作成には関心なく過していたものであるところ、前記の如く管財人の辞意固きを知るに及び、更生会社と共に連繋の上急拠別紙の如き緊急操業案を得て更に検討の上、弁済計画、資金繰り、資材手当等の具体策協議を目途として、前記の如く債権者の一部から期間伸長申請をした次第であるが、裁判所は即日之を却下しながら、更生会社代表者を計画案提出期間経過の翌日である同年七月二一日に審尋している。期間伸長申請者は債権者等であるから、債権者等を審尋すべきであるのに、之が審尋をなさずに会社代表者の審尋をなし、而も同人は経営規模を小さくし、やり方に依つては再建可能である旨を供述しているのである、債権者の期間伸長を(不確定期間でないのであるから尚更である)許可し、その上で廃止か否を決定すべきが妥当であるに拘らず、之を無視して同月二四日更生手続廃止の決定をしたのは、妥当な措置ではなく、右緊急操業案は勿論正規の計画案とは言えないとしても、会社更生法の立法精神竝びに一旦開始決定をなして、更生会社、その他関係者に多大の期待と希望を抱かせながら、計画案策定竝びにその審議の方途をも講ぜしめることなく、単なる事務的形式的理由により廃止したのは失当と言うべきである。
(4) 更に進んで本廃止決定確定する時は必然的に破産に陥るは火をみるより明かにして、斯くては父子二代数十年に亘り数十億に上る国家的事業も灰燼に帰し、更生会社は勿論、多数債権等その他関係者の損失は測り難く、その影響するところ、又多大なものあることは自明のことであり再度再建のための審議の場を設けるため前決定を取消し、開始決定をされることが至当であり、その上で再建策がなければ廃止も亦止むを得ぬことと思料するので茲に抗告する次第である。